8月が始まりました。A田です。
先週は延期版UCIワールドレースの初戦、ストラーデビアンケが開催されました。今週はロンドファンフラーンデレン、ミラノ〜サンレモがあるし、来週にはJ SPORTSでクリテリウム・ドゥ・ドーフィネの中継もあるし、思い出話してる場合じゃない!
しかし4年というオリンピックイヤー的な節目に、なんとか出産、そして2016年ツールドフランスのフィナーレまで漕ぎ着けたいと思います。
その1
その2
3週目、ザカリンが勝ったのは覚えている
3週目初日、第17ステージはカチューシャのイルヌール・ザカリンが勝利。
2016年は、当時26歳だったザカリンが開花した年。ジロデイタリアでは、終盤まで総合5位で表彰台も狙える位置につけていました。しかし、第18ステージで下りで激しく落車。骨折を負う大怪我でリタイヤしたのでした。
こんなジロでした
しかも、この年のジロ、ザカリンの選手紹介画像の写真が別人のものになってたんですよね。それも無造作ヘアのザカリンに対して、逆な感じの…(名前も覚えてないのにディス申し訳ない)。
そんなわけで印象に残っていたザカリン。ジロの怪我から復活しての勝利は、見ている私も嬉しかったです。
3週目のまとめ動画
この時点で私は出産予定日2日前でした。このあたりで「生まれました!」って展開でよかったのになー。
予定日前日に「おたふく風邪」
翌日の第18ステージは個人の山岳TTでした。ここでフルームが勝って、総合優勝を盤石なものにしたと思うんです。
しかし、この日のツールは見てません。すでに予定日前日。私は高熱を出していました。
前週に中耳炎でかかっていた耳鼻科に行って「おたふく風邪の疑いあり」で血液検査。「結果に2日かかる」といわれたことははっきり覚えています。
そして2日後に「おたふく風邪陽性」と診断されました。
私は免疫力に自信がありました。風邪も年に1度ひくかどうかでした。でもこの3回目の妊娠中は、冬はノロウイルスとインフルエンザにやられ、夏は風邪からの中耳炎とおたふく風邪。
高齢出産であることを差し引いても、プライドはズタボロでした。
もう、無理。引退だ…
出産界からのリタイヤを決めた瞬間でした。
というのは嘘で、とっくに最後の出産だと思っていましたが、引退を決めてレースに臨む選手の気持ちがちょっとだけ分かった気がします。
38℃の熱があっても問題なく出産
結果から言いますと、おたふく風邪の診断を受けたその日の夜に強い陣痛が来て病院へ行き、翌朝、無事に第3子を出産しました。
第1子の娘の時は微弱陣痛で20時間、第2子の息子の時はスピード4時間。そして末っ子の出産は8時間という平均的な経過で、産みの苦しみをじっくりと味わうことができました。
陣痛の経過を自転車で例えると
- 陣痛本格開始から4時間 = アップダウンのある石畳
- 〃 5〜7時間 = 超級山岳 山頂ゴールのはずがゴールが見えない
- ラスト1時間 = 自転車から引きずり下ろされてボコボコにされる
陣痛の大きさを自転車で例えてみようと思ったけど(ロードバイク乗ったことないし)難しいですね。「最後は理不尽な痛み」ということだけお分かりいただければと思います。不謹慎な例えになってしまいましたが、現実にそういうことがあるといいたいわけではありません(ちょうど自転車での煽り→逮捕がニュースに…暴力絶対反対です)
この時の出産では、ラスト1時間に苦しんでいる間に、夜が明けて祖母に預けていた上の子供2人が産室に到着してしまい「この母の醜態を見せたら教育に悪い」という一念で、終わり(=産んだ)にしました。
出産は無事に済みましたが、おたふく風邪の産婦(妊婦は産んだら産婦になる)にとっては、ここからが試練でした。ボコボコにされた後、もう1度超級山岳ステージを走るわけです。
ツールもフィナーレへ。もう1回だけ続きます!